ESSAY
掌文
てのひらにのるくらいの、みじかい文章。
あの頃の時間を、ひとつずつ置いていきます。
ペアピース
私が、
ピアスをするようになったのは、
キミが、
「してみたら」
と言ったから。
あの頃は、
ワンセット買って、
片耳ずつ、
二人でつけていた。
ペアピースだ。
「ペアピース」って、
言葉は明らかに
おかしいけれど。
14階
14階の部屋から、
街を見下ろした。
キミの隣にいると、
いつもの街なのに、
少しだけ違って見えた。
あの高さから見ていた景色を、
私はいまも、
ときどき思い出す。
ロイホ
名前にできない時間を、
私たちはロイホで過ごした。
だから今も私は、
ロイホに行くのかもしれない。
キミはいないのに。
キミがいるような気がして。
細い腕
あれほど、
あたりまえのように触れた
細い腕に、
いまは、
どうあがいても、
さわることはできない。
宇宙中を見回しても、
かわりなんて、
いっこない。
ハートだけ
会う日は、
手帳にハートだけを書いた。
行き先も、
時間も、
何をしたかも書かなかった。
ハートひとつで、
全部わかった。
あの頃は。
しゃべらない時間
しゃべらない時間も、
ふたりの時間だった。
黙っていても、
気まずくなかった。
それだけで、
よかった。
七分
たった七分。
近いと思えば、
近かった。
遠いと思えば、
遠かった。
会いたいと思えば、
会えた距離。
それなのに今は、
七分では、
たどり着けない。
あのビルの右肩
14階の部屋から、
街を見下ろした。
夕方になると、
あのビルの右肩に
陽が沈んだ。
明日も、
明後日も、
明明後日も、
ふたりで見られたらいいなと
思っていた。
あの頃は、
それがずっと続くと思っていた。
ロイホの灯
夜が深くなるほど、
ロイホの灯りは
やさしく見えた。
帰らなくていい理由を、
探していたわけじゃない。
ただ、もう少しだけ、
ここにいたかった。
キミと。
携帯番号
番号は、残っている。
押せないのではなく、
押さない。
それだけのことなのに、
二十年という時間が、
そこにある。
余白
コーヒーを、
少しだけ残した。
書き終わるまでに
飲もうと思っていたのに、
すっかり冷めている。
もう一行、
書けそうな気がした。
帰るのを、
少し遅らせた。
尖っていない
夜の空が、
いつもより高かった。
止まっている車の色も、
信号を待つ人の輪郭も、
はっきり見えた。
道は、
まっすぐ先へ伸びていた。
何よりも、
キミのマンションが、
今夜は、
尖っていなかった。
時計
袖口から、
時計がのぞく。
あの頃も、
こんなふうに
時間を確かめていた。
次の仕事。
次の約束。
今も、
腕を少しひねれば、
針は、
先へ進んでいる。
文字
画面に、
キミの文字がある。
触れても、
キミに触れるわけではない。
わかっているのに、
スマホに、
頬を寄せた。
ガラスは、
少し冷たかった。
朝
朝起きて、
カーテンを開ける。
いつもの建物。
いつもの道。
昨日までと、
何も変わっていない。
窓を、
もう少し開けた。
今日は、
外の音が聞きたかった。